おれは、神野(じんの)疾風(はやて)という。
おれの夢は漫画家。
穏やかな気分になれる漫画を描くのが目標だ。
とはいっても、まだ作品を完成させたことはない。
なぜなら、ついさっき漫画家になろうと思ったばかりだからだ。
漫画を読んで、こんな作品が描きたい、と思ったのだ。
その漫画は女性用の漫画だけれど、心を打つセリフに胸が貫かれた感じだった。
まず、漫画家になるには、とかの本を買って読み漁り、実行した。
ネーム(下書きの前段階)。
別用紙でストーリーが分かるよう描き込む。
ストーリーは起承転結に。
といってもおれの描きたい漫画は、ほのぼのしたものなので、起承転結にこだわらない。
「疾風さん、メッセージが届いております」
おれのAIが声をかけてきた。
おれはそのAIに愛と名付けて、可愛がっている。
「愛、ありがとうな」
「どういたしまして」
「メッセージを開いてくれ」
大野絵幸恵(おおのえゆきえ)からの、メッセージだった。
「久しぶり、神野君。漫画家目指してる人同士で会ってネームを見せ合って、推敲しあって描こうって話が出てるの。疾風(はやて)君もどうかな? 今度の日曜日だけど」
幸恵(ゆきえ)さんとは、ネットで知り合った。本当の名前は知らない。
「いいよ」
メッセージを返信する。
おれは、幸恵さんが結構好きだ。
というかとてつもなく好きだ。
いわゆる恋しちゃってるって感じだ。
幸恵さんは犬を飼っているらしく、犬との日常を漫画にしている。
ほのぼの系の話で、読んでいてほっこりする。
漫画の描き方で知らなかったことを教えてくれたのも、幸恵さんだ。
おれは疾風(はやて)という本名をネットで使っている。
サイス(インターネット・コミュニケーション・ツール)では、結構たくさんの友達ができた。
さて、ネームを考えなくては。
「久しぶり〜」
幸恵さんが嬉しそうに笑いかけてきた。
「幸恵さん、元気そうで良かった」
「元気よ〜♪ ヨーグルトと納豆とキムチと漬け物と甘酒でお腹の中から元気よ」
「他のメンバーは?」
「あ、ども。光(ひかり)です」
「はじめまして、疾風(はやて)です」
「こっちにも、1人いるぞい。ラッキーや」
「ラッキーさん、はじめまして」
「じゃあ、私のうちに行きましょう」
光(ひかり)さんは、綺麗(きれい)な金髪の優しそうな女の人だった。
ラッキーさんは身体の大きな、大らかそうな人だった。
そして、幸恵さんは、ショートの髪の明るい人だ。
彼らと会話をしながら、幸恵さんの家に向かう。
春らしい、綺麗な花が所々生えている。
空も雲一つなく透き通った青色をしている。
幸恵さんの家は駅から少し離れた緑の多い公園の隣にある高価そうなマンションの中だった。
8階までエレベーターで上がる。
「ここよ」
ドアノブに可愛らしいイラストと「Welcome」と書かれている飾りがかけられている。
部屋の中は女の子らしくパステル調の色合いで、貝殻や、ブーケや、水晶とかが飾られていて、海の絵と花の絵と、綺麗(きれい)な花が飾られていた。
「素敵な部屋だな」
光さんが部屋を褒めた。
「ありがとう、適当に座ってて。飲み物準備してくるから」
おれたちは、大きなテーブルの前に座る。
「漫画家になろうと思った理由は?」
ラッキーさんが、聞いてきた。
「アタシは、人を感動させたいから」
「おれは人に癒しを与えたいからだな」
ラッキーさんは、それを聞くと、自分の描き始めた理由を言った。
「ワイは漫画で勇気を与えたい」
「わたしはね、人をほっこりさせたいな」
戻ってきた幸恵さんが言った。
「幸恵さんの作品はどれもほっこりしているよ」
幸恵さんの持ってきたのは、ミントティーだった。
「ミントは集中できるって言うし、他のが良かったら変えてくるから言って」
「大丈夫」
光さんの返事に、おれとラッキーさんも頷く。
「じゃあ、ネームの見せ合いっこしましょうか」
おれは初めてネームを書き上げたので、どういう評価か気になった。
しばらくみんな無言になり、ネームの感想をスマートウォッチにメッセージを入れて、教えてくれた。
「みんなうまいね」
おれはその話の良さに圧倒されて、思わず呟いた。
「疾風(はやて)君のネームは丁寧に描いてあるのね。表情とかがいいと思うよ。ストーリーは、優しくて柔らかくて和む感じ。よく描けていると思うけど、正面から見た上半身が多いから、色んな角度から、全身を描いたりアップを描いたり、遠くから描いたりしてみるといいよ」
幸恵さんのメッセージ。
「そうやな、漫画なんだから、色んな表情を描けるといいわな。まあ、まだネームの段階でいうことやないか」
ラッキーさんのメッセージ。
「分かりやすい作品で、いいと思う。面白いところを増やすといいよ」
光さんのメッセージだ。
「じゃあネームの描き直ししていきましょ」
幸恵さんの言葉に皆頷いて、描き直していく。
面白くか、どう描こう。
真剣に集中して、考える。
描いていて楽しいのが一番だ。
楽しい気分を満喫しながら、描き上げていく。
だいぶ、いい感じにネームが描けた。
「これ、どうかな?」
「早いね、疾風君」
ラッキーさんが驚いたように、声をかけてくれた。
「あたしから見るわ。代わりにあたしのも見てくれる?」
光さんが言って、お互いのネームを交換した。
「さっきより面白くなってる。いいと思うよ。角度もいいし、分かりやすくなってる」
光さんのメッセージに、喜びを感じた。
下書きにうつろう。
丁寧に描いて。
人間らしく、表情豊かに。
優しい絵柄を目指して。
穏やかな気分になれる漫画を。
描く!
「ネームより表情うまくなってるやん。いいんじゃないかと思うよ」
ラッキーさんが微笑んでくれた。
「あ、そこ、面白い」
幸恵さんが楽しそうに笑ってくれた。
嬉しい。
そんな感じに1日が終わって幸恵さんちを出た。
「疾風君、幸恵さんのこと好きやろ?」
ラッキーさんが話しかけてきた。
「わ、分かりますか?」
思わず声が裏返った。
「ワイも好きなんや。ライバルやな」
ラッキーさんがライバル。
「どっちが選ばれても、仲良くいこうや」
やっぱりラッキーさんは大らかだった。
「はい」
背筋を伸ばして返事すると、握手を求められた。
握手して。
ラッキーさんとなら、幸恵さんがどちらを選んでも大丈夫だと信じられた。
翌日、絵の練習をする。正面以外の角度を、自分で写真を撮ってそれを見ながら描いていく。
サイスに載っている写真も絵におこす。
背景も上手くなりたいので、いろんな写真を描いていく。
上手い人の絵も模写して。
どんどん上手くなってくるのが目に見えて分かって、嬉しい。
描きたいように描くと、下書き描きを再開した。
さっきより上手くなっている気がする。
さっきの下書きも描き直して。
どうかな?
結構うまく描けたと思うけど。
幸恵さんに聞いてみよう。
メッセージに下書きの写真を送ってみる。
「だいぶ上手いけど、視点を作るといいわ。こんな感じに、目線や手の向きや線などが、一番見せたいコマに集中するようにするの」
下書きを書き直して聞いてみる。
「うん、うまくなった」
幸恵さんの返事に喜ぶ。
描くのが楽しい。
少しずつ上手くなっているのを実感する。
さて、ペン入れ。
うまい線を引くよう頑張る。
デジタルで描いているから、やり直しも簡単だ。
ペン入れしたあと、幸恵さんにメッセージを送る。
「線を柔らかく描けるように練習してみて。あと、白と黒のバランスを考えてね」
健康的な野菜たっぷりの夕飯を食べた後、直してメッセージを送る。
「だいぶ良くなったと思うよ」
ここで眠くなったので、翌朝続きを頑張ろう。
3か月かかって漫画が完成した。
プロになるには、もっと描くのを早くしないとな。
でも、描いていくたびに絵が上手くなるから、最初に描いたやつも描き直しして時間がかかるんだ。
上手くなるのはいいことだから、このまま続ける。
幸恵さんに漫画を画像で送ってみた。
「短編なら1つの作品にせめて3、4個見せ場があるといいね。長編ならもっと必要だけどね。他のコマより手を入れて魅せる絵を描くのよ」
魅せる絵。
とりあえず次の作品から頑張ろう。
次の作品に取りかかった。
人を穏やかな気分にさせるそんな漫画を目指して。
ストーリーは優しく楽しく明るく元気に。
いい言葉を使って、描く。
穏やかな気分になるような優しい絵柄で、描く。
今度は、小説家になりたい人が成功していく作品。
楽しい主人公で、笑いを取る。
そんな風に描いていたら、描くたびに、話が良くなり、何故か自分も、元気になってきた。
幸恵さんにネームを送ると、「いいよ、これ、好き」と返ってきた。
「ほのぼの系の漫画いいよね。心が暖かくなる」
幸恵さんがそう言ってくれた。
思わず告白したくなった。
「幸恵さん、好きです」
「そういうことメッセージに書くもんじゃないよ」
うわ、早まったか。
「私も好きだけどね♪」
幸恵さんの言葉に喜んで、部屋で踊りまくった。
それから漫画描きもだいぶ簡単になって、早く描けるようになったし、上手く描けるようになった。
雑誌に送ると、電話がきて、「雑誌に載せたい」と言ってきた。
おれの漫画はどんどん売れてきて、印税で食べていけるようになった。
幸恵とは、仲良く続いている。
結婚をしようと、プロポーズは、雰囲気のいいレストランを選んだ。
「ここ、素敵ね」
幸恵ーー本名は今泉雪絵(いまいずみゆきえ)は、嬉しそうに笑った。
「結婚してください」
おれが言うと、雪絵は、可愛らしく笑って、「言われるの待ってた」と言った。
結婚式には、ラッキーさんや光さんが来た。
ラッキーさんに謝らなくては。
ラッキーさんに近づくと、ラッキーさんは、耳を寄せろとジェスチャーしてきて、耳を寄せると、「今ワイ、光と付き合っているんや。だから、何も言わなくていいぞ」
と。
ラッキーさんも光さんも雪絵も、漫画家になって、うまくいっている。
そして、今おれの漫画はアニメ化されて、漫画も売れまくって、最高の毎日だ。
Fin