喜びをあなたに(小説全部)

「そこに光が差したのです」

「待って。まだ心の準備が……」

ワタシは声を張り上げる。

「光は、大きくなって、彼女を包み込みます」

ナレーションを喋っているのは、仲間の1人。

「ん、準備OKよ」

ワタシが今喋っているのは、アニメのセリフ。

ワタシは声優。

といっても、駆け出しでまだまだだ。

「うまかったよ、西原(さいばら)さん」

監督の元春(もとはる)が言った。

元春はワタシの恋人で、そのことを知っているのは、友人だけだ。

「優(ゆう)、今日、家行くから」

元春が、囁いてきた。

「うん」

アニメの録音は終わり、各々(おのおの)家に帰る。

ワタシは帰る前に食べ物を買いにスーパーに寄った。

元春が来るなら、ワイン買って帰ろうかな。

メニューは得意なパスタ。

小松菜とツナと生姜を和(あ)えよう。

元春と恋人になって、幸せな気分が続いている。

家に帰って、パスタを作っていると、元春が合鍵で入ってきた。

「優、来たよ」

「いらっしゃい」

元春はにこりと微笑むと、ワタシに抱きついてきた。

「んんっ」

キスをして、「好きだよ」と囁く元春に、待ったをかける。

「パスタ伸びちゃうから」

元春は、物足りなさそうな顔をして、テーブルを布巾で拭きにいった。

「次のアニメでは、ヒロインの友達役だよ」

「本当? どんな話?」

話を聞くと、穏やかな日常を描いたお話らしい。

「出番多い?」

「結構多い」

嬉しい。

「どんな性格なの?」

「穏やかで明るいいい子」

「やった~」

思わずガッツポーズ。

パスタを作り終えて、リビングのテーブルまで持っていく。

「アニメーターの鈴木君が結婚するらしいよ」

元春が嬉しそうに笑って言った。

パスタを食べる。

「うまい!」

元春の言葉に喜びを感じる。

「いつも、ありがとう」

元春に言うと、不思議そうな顔をしていた。

「ありがとうは、こっちの言葉だよ。美味しいの作ってくれてありがとう」

元春の言葉に、なんだか泣きそうになった。

「おいしいって言ってくれるのが嬉しくって」

「なんだよ、泣くなよ」

「なんか、感動しちゃったんだもん」

元春は、身体を抱きしめてくれた。

「片付けしなきゃ」

ワタシがそう言うと、元春が動いて、「今日はおれが片付けるから、座ってて」と言った。

「え、本当? ありがとう」

元春は鼻歌交じりにキッチンに向かった。

「あ、仕事入った」

ワタシが呟くと、元春が「何なに?」と聞いてきた。

「仕事、アメリカのドラマの『この素晴らしい思い出とともに』のエミリー役」

ワタシが答えると、元春が、「やったじゃん」と言ってくれた。

にゃーん。

猫のゲンキが鳴いた。

「あ、ゲンキ、お腹空いたかな? 今準備しますからね」

ゲンキにエサを準備して。

「ゲンキって名前ぴったりだと思わない? ゲンキ見てると元気になる」

「うん」

元春は笑うと、キスをしてきた。

元春のキスは、花がほころぶように、優しい。

優しく抱きしめ合うと、夜になった。

「今日はここにいていい?」

元春が寝転びながら聞いてきた。

「うん」

元春は眠るとき静かだから、一緒に寝ても睡眠状態はいい。

何より、幸せな気分になる。

楽しい夢とか嬉しい夢とか見られる。

元春は結婚とか考えてるんだろうか。

できれば結婚したいけど、ワタシから言い出すのは、恥ずかしい。

声優業も、今はうまくいっているけど、先は分からない。

数学のように、正解がある仕事じゃないから、自分の感覚だけが頼りだ。

今は良くても、どんどん若い子が起用されてきて、先を追い越されそうで。

「脚本を読んでくるから、先に寝てて」

元春に言ったら、「ゆっくりで、いいと思うよ」と言われた。

「ゆっくりって?」

「頑張るの。適当にやっていけばいいと思うよ」

「適当にって」

「楽に楽しくやるといいってこと」

「楽に楽しく……」

そうかもしれない。

布団に入り込んだ。

 

「鈴木君、結婚おめでとう」

結婚式は小さいけど、綺麗(きれい)なところを選んだ。

アニメーターの仕事は大変だけど、やりがいを感じてる。

結婚相手はアニメ見ない普通の子。

「由芽(ゆめ)なんか嬉しいな」

「うん」

「由芽、一緒に幸せになっていこうな」

「うん」

「もしかして緊張してる?」

「うん」

カクカクと動く由芽のほっぺをつんと触る。

「何するの、輝夏(きなつ)」

「ほら、緊張ほぐれただろ?」

「あ、本当だ。ありがとう輝夏」

由芽は顔を花が咲くようにほころばせた。

可愛い。

「ねえ、輝夏、アニメーターって、描きたくない絵も描かなきゃいけないんでしょ」

「まあね、でも、人に幸せを与える仕事だからね」

「そうだね」

「まだ俺は動画しか描けないけど、原画が描けるようになって、作画監督になれたらいいと思っているんだ」

「それまでは、私も仕事頑張るよ」

アニメーターの給料高くならないかな。

由芽に頼ってばかりはちょっとね。

原画が描けるようになったら、もう少し高い賃金になるかな。

結婚式はつつがなく終わった。

ハネムーンは、北海道に行くことになった。

海鮮丼を食べて、その美味しさに感動したり、ラベンダー畑を見て美しさに感動したり。

でも、何より好きな人と一緒にいられることが嬉しい。

幸せは夜まで続いて。

由芽がガウンを着てお風呂から出てきた。

そのまま自分達の部屋に戻った。

「ちょっと恥ずかしいね」

「そうだね」

由芽とは、幼馴染だったから、手も出さずにこれまできたけれど。

ガウンを、脱いだ。

 

「優(ゆう)、今日もいい演技だったよ」

声優仲間の時雨(しぐれ)さんが声をかけてくれた。

「本当ですか? やったぁ!」

ワタシは飛び上がりたいくらい喜んだ。

時雨さんはワタシの憧れの声優で、演技力抜群にいいのだ。

その時雨さんに褒めてもらえるなんて、最高だ。

ウキウキしてると声をかけられた。

事務所の秋本さんだ。

「西原さん、エイトのこのは役オーディション受けてみる気ある?」

人気漫画で、ワタシも好きな作品だ。

「でも、このはは英語が」

そう、ワタシは英語が得意じゃない。

「社長はこの際に英語を頑張ってみないかと言ってるわ。それによって、できる役柄も増えるし」

「はい」

「それじゃあ、これから英語塾に通ってもらうわよ」

「はい」

「うちが契約している英語塾がフューチャーってところなの。18時から20時まで。今日から行ってらっしゃい」

地図をスマートウォッチで受け取ると、ワタシは英語塾フューチャーに向かった。

それから毎日英語の勉強。

休憩時間があるから、なんとかやっていけそうだ。

塾が終わって帰ると、元春が来ていた。

「あれ、遅くなるってメッセージ送ったよね」

「だから、料理作ってやろうと思ってね」

「ありがとう~。元春大好き」

「麻婆豆腐だよ」

「大好きよ」

「じゃあ温めてくる」

待っている間、猫のゲンキを可愛がる。

猫じゃらしと戯れるゲンキの姿を見るのは、最高の癒しなのだ。

元春の麻婆豆腐はちょうどいい辛さ(からさ)で、美味しかった。

「おいしいよ、ありがとう」

元春に感謝の言葉を告げると、元春は嬉しそうに笑った。

「英語勉強始めたんだ」

「それはいいね」

「エイトのこのは役を狙っているの」

「エイトか、勝ち取れるといいな」

「うん」

 

英語塾は結構会話を重点的にやるので、発音をその通りに言えるようになるのが難しい。

先生曰く、「聞き取れなくてもいいから発音だけは頑張って」とのこと。

文法もリーディングも必要ない。

スピーキングだけに力を入れる。

だから、結局のところ、発音さえうまくできていればいいってこと。

「I’m looking for something.」

「まぁまぁね、ネイティブには程遠いけど」

「Why do you pray.」

「アールは口をこうして。よく見て」

アールは巻き舌にして口に舌がつかないようにして。

練習するうちにできてきた。

10回に1回くらいから、5回に1回、そして、なんとか毎回できるようになってきた。

でも文章に組み込むと簡単じゃなくて、練習がまだ必要だった。

練習して。

練習して。

だんだん言えるようになってきた。

違う文章も練習して。

うん、大丈夫かな?

まだ発音うまくないのがあるので、それを練習。

 

俺は、由芽とのハネムーンも終わり、日常に帰ってきた。

「ほい、お前、今度から原画担当な」

いきなり上の人に言われて、戸惑ったけれど、やったとガッツポーズ。

原画は大変だけど、俺ならできる。

今まで家で練習してきたんだ。

「うん、鈴木君、ここは、もう少し背景をかっこよく描いて」

「はい」

背景は少し得意じゃない。

丁寧に時間をかけて、かっこよく。

頑張れ、俺。

約1時間後作画担当者の元に持っていくと、OKをもらえた。

やった。

仕事の時間が終わり、家に帰る。

これからは由芽が家で待っていてくれたりするんだな。

由芽も仕事は忙しいだろうけれど、シフトで遅くなる日と早い日があって、今日は早い日だから。

楽しみに家に帰ると、電気がついているのが見えた。

明るい家に帰る喜び。

家に入ると、「お帰りなさい」と由芽が声をかけてくれた。

うう、感動。

体の中に雷が落ちたみたいに感動が貫いた。

「ご飯温めてくるから、待っててね」

「うん」

「料理得意じゃないから、まだこんなのしか作れないけど、頑張るからね」

テーブルに並べられたのはもやしと豚肉の炒め物と味噌汁とご飯と納豆。

「十分十分」

俺はそう言って食べ始めた。

おいしい。

俺が感想を言うと、由芽は嬉しそうに笑った。

 

ワタシが英語をマスターして、オーディションの日。

「大丈夫かな」

何度も発音チェックしていると元春からメッセージが入ってきた。

「大丈夫だ、練習量は他の人と引けを取らないぞ」

オーディションは渡された台本の部分を演じる。

英語のシーンもなんとかこなすと、最終選考まで残った。

そして、満を辞しての最終選考が終わり、結果ーーこのは役を手に入れた!

元春に連絡すると、レストランでお祝いでもしようかと言われた。

レストランは豪華で、気後れするほどだった。

元春は慣れた感じで、受付に行く。

案内されたテーブルにはピンクのバラが置いてあった。

「大丈夫? 高いんじゃない?」

「大丈夫だよ。メニュー選んで」

メニューを見て、泡を吹きそうになった。

値段が、高すぎる。

「こんなの選べないよ」

ワタシが言うと、じゃあ、と元春がこれでいい?

と、お勧めシェフの日替わりメニューって言うのを選んだ。

「ワインも飲もう」

元春がワインを選んで、しばらくするとワインが運ばれてきた。

カチンと、ワイングラスを重ね合わせると、元春が、「話があってね」と切り出した。

ガサガサとカバンの中から小さな箱を取り出した。

ここまでくると、鈍感なワタシでも分かる。

「俺と結婚しよう」

はいと言うのに、時間なんてかかんなかった。

ワタシの返事に、元春は春のような暖かな笑みを見せた。

ワタシが妊娠していることに気づいたのはそれからちょっと後だった。

つわりもだいぶ楽で、無痛分娩で子供を産んだ。

「可愛い」

腕に抱いた子供に喜びの日々を与えてあげたいと思った。

「喜びをあなたにあげるね」

ワタシはそう言って。

元春が頷いた。

これから大変なこともあるだろうけれど、元春と一緒ならやっていける。

名前は。

一葉(かずは)。

本当に幸せな日々をこれから送っていくんだ。

一葉は何があっても、ワタシたちが守るからね。

それからバタバタと退院して、家に帰って。

一葉がここで育っていくのかと思うと、感慨もひとしおだったんだ−−。

Fin

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