銀の鎖(金の糸シリーズ1)

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※この作品は過去作品です。


体中が、きしむように痛い。……でも、本当に痛いのは、身体より心なのかもしれない。

――泣かないで……――

透き通るような、優しい声。

けれど、目覚めると痛みと共に彼女の姿はなくなっていた。

――暑い……――

「ここ――は……?」

眩しさに目が眩む。強い光。溢れるほどの…。

そして――。

そこ――は、それまで自分のいた場所では…ない。

頭の中は――もやがかかったように、はっきりとしない。

なぜ自分がそこにいるのか考えようとして、でも――できなかった。

知らずに頬を涙が伝う。

どうして――?

場所は違う、痛みもない、……けれど。

手にしっかりと握られたままのナイフが、事実だったことを教えてくれる。

尖ったナイフの先についた赤い血は、まだ乾ききっていない。……まだ――。

翡翠の瞳が俺を覗き込んだ。白銀の柔らかな巻き毛の髪が、俺の頬に触れる。透けるほどの白磁の肌。ついばむような薄紅の唇。

「どうしたの? 何で泣いてるのよ!? 妖魔はフェリクが追い払ったから、もういないよ。それに、怪我はフェリクが治したのに!」

少女は、唇を尖らせてそう言った。

リラの空は、紫紺に近い……、どこまでも深い青。

フィールドの硝子を通してみる、薄白く曇った色とは違う――見惚れるほどの美しい色。

日差しはきつく、木々の緑すらその光を遮る術を知らないかのようだ。

小鳥のさえずり。――長い時間聞かなかった、懐かしく胸に残る鳴き声。

……そう、懐かしい。

ナツカ……シイ――夢。

夢から覚めて、俺は数分間体を動かす気になれずに、布団に入ったまま天井をじっと眺めていた。

窓からは、朝の光が射し込んできている。

弱々しく……けれど、語りかけるほどに優しい光が……。

俺達がフィールド内に保護されてから八年。

妹と暮らす生活の中で、恐れるものは何もなく、かすかだけれど平和な日々――。

……それが続くと、思っていた。

たとえ、それが現実から目を逸らした生き方だとしても、構わなかった。

――なのに……。

今更なんでこんな夢を見たんだろう?

思い出したくない過去――。

リラにいた頃の記憶は、鮮やかで、また艶かしい。

忘れようとしてもできない。――血塗られた……思い出。

第1章・・・フィールド

「その後、人は住みやすい土地を求め、長い年月を宇宙船内で暮らした後、ようやく地球に似た、美しい星リラの地に降り立った。

リラには、すでにいくつかの知的生命体の存在があり、中には人に危害を与えるものもあったことから、それらの存在から自分達の身を守るため、人はフィールドと呼ばれるドーム上の硝子に似た硬膜の中に入って暮らし始めた。

現在フィールド内は、私達の住んでいる第一地区を主点として、第五地区まで分割され、基本的にはその間の行き来は禁止されている。また、フィールドを出てリラの地へ下りることは、最高能力者の男子が零珠との結婚を望んだときのみに限られている。

……以上です。

他に何か質問はありますか?」

「よろしい…座りなさい。よく勉強してきたな。皆も水羅(すいら)を見習うように。」

キーンコンカーンコーン。キンコンカンコーン。

鐘が二度鳴る。

教授恵志(けいし)は、ずり落ちてきた眼鏡を鼻に掛け直し、教室を出て行った。

これで、今日の授業は終わりっ!

さぁて、帰るとするか。

「水羅、おまえ教師にでもなるつもりかよ?あんなすらすら答えやがって。恵志がびっくりしていたぜ?」

友人の陽斗が、俺を見下ろして、肩まである自慢の栗毛をかきあげながら笑った。

藍に似た、深い青の瞳が少しだけ細くなる。校章の付いた制服は濃い藍色をしていて、陽斗のために作られたと思えるくらい良く似合っている。

俺たちは今、高二の春を迎えようとしている。こいつとの付き合いは中二の時からだから、つまり丸三年の仲ってわけだ。

陽斗はハンサムで明るくいいヤツなのだが、女に興味がないらしく、もてるのに恋人がいない。もったいない事だ。俺の妹の美夜も陽斗が好きなんだけれど、こればかりはしょうがない。

それにしても、標準よりかなり背の高い陽斗と歩いていると、俺は、自分の小ささを実感せずにはいられない。

あーあ。

それだけじゃない。俺は自分の外見には、かなり劣等感を持っている。

まず、この顔。

俺が女だったら、俺は、こんなに悩みはしない。実際、俺と同じ顔をしている美夜は、兄の俺が見てもドキッてするくらい美人の部類に入るのだから。…ただ、残念ながら、俺は男で、鏡を見てにやりとする趣味もないってわけなのだ。

細っちい、この体型も好きじゃない。いくら鍛えても筋肉の付かないこの身体は男らしさとはかけ離れている。

声も嫌いだ。

変声期をとうに過ぎたって言うのに、女みたいに高い声が出る。

極め付けが、この髪とこの目の色だ。

はあ……。

俺の溜め息に気づかずに、陽斗は先に進む。一息大きく息を吐くと、俺は小走りで陽斗の後を追った。

赤茶色の校舎から吐き出されるように、俺達学生がどっと外に出てくる。授業が終わると、いつもこんな感じだ。押し合うように門を出て、各々好きな方角へと散らばる。

「今日は俺、買い物に行こうと思ってんだけど、陽斗はどうする?」

「買い物? 何買うんだ?」

「もうすぐ、美夜の誕生日だから、プレゼントを……さ、買ってやろうと思って。」

「ハアン、それは、俺への催促だな。」

「ばれたか。」

舌を出して、俺がそう言うと、陽斗は俺の頭に手を置いて、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜた!

「じゃあ、おれからもなんかやるよ何がいいか考えとけ。」

妹の美夜と俺とは、双子だ。だから美夜の誕生日イコール自分の誕生日と言うわけだ。でもそれだからって、陽斗に何か買ってもらうと言うつもりはなかったけれど。

「……ケーキがいいかな。」

俺がそう呟くと、陽斗は呆れた表情で俺を見た。

「ケーキって、女じゃねえんだから……。」

「俺は男だ!」

「分かってるよ、ったく……おまえはその件になると、すぐ、むきになるんだから。」

デパートに向かう。表通りに近づくにつれて、人並みも多くなる。それにつれて、俺と擦れ違う人が、珍しそうな目で俺を振り返る。いつものことだと思っても、あまりいい気がしない。

「ねえママァ、あのお兄ちゃん、霊珠なのぉ?」

幼い少女が、母親に問いかける。

――霊珠……人とは違う、リラに現存している主体。外見的にはほとんど変わらず、銀の髪に緑の瞳が特徴である。メスしかいない――

教科書に書かれていた言葉。

俺が霊珠ってのは、ある意味、近いのかもしれない。俺の祖父に当たる男が最高能力者で、霊珠と結婚し、生まれたのが母さんなのだから、俺は霊珠の血を継いでいるって事になる。それに……。

「気にすんなよ、あんなの。」

陽斗の言葉に頷く。小さい頃から、この銀の髪と緑の瞳のせいで、何度もからかわれてきた。……けれど、それよりも気が重いのは、美夜もそんな目に合ってきたかもしれないって言う事だ。美夜は一度もそんなことを口にして俺を心配させたことはないが……。

「んで、ケーキって何が食べたいんだ?」

陽斗は、何事もなかったかのように話題を元に戻した。陽斗のこういうさりげないところが、好きだ。

「あ、うん……今はいらないんだ。イチゴののかっているやつがいいんだけど……。」

「イチゴって、おまえ、果物きらいじゃなかっ――はぁん……そっか。」

陽斗は、何か含んだような笑い方をした。

「おまえって、かっわいいよなぁ。」

そう言って、また俺の髪をぐしゃぐしゃにする、人の頭だと思って!

俺がケーキをねだったわけは、自分が食べたいから……というわけではない。けれど俺と美夜、二人の誕生日なのにケーキも用意していないのもどうかと思うじゃないか。

美夜はイチゴが好きだから……さ。

ついでに陽斗も祝いに来てくれりゃ、申し分ないんだけど。

さりげなく、陽斗を盗み見る。

そういう時は、たいてい陽斗と目が合って、陽斗はにやりとするんだ。俺が何を考えているのかなんてお見通しって目でさ。やんなっちゃうよな。

デパートの中は、賑わっていた。

俺たちは、移動版と呼ばれる空を飛ぶ板の上に乗り、上の階まで上がった。その階は他の階に比べると男の数がほとんどなく、俺はそこにいるのが場違いな気がして、少しばかり恥ずかしかった。

乳白色の壁の中に、プロテクトされたガラスケースが並んでいる。

その中に、いくつものアクセサリーが自分を買って欲しいと自己主張しながら並んでいる。

美夜へのプレゼントは、もう決めてあった。イシで作られたネックレス。高価な物でなくとも、喜んでくれるだろう。

ただ、女の子の好みなんて分からないので、そこに置いてある中で、青くて一番綺麗なイシが付いたものにした。イシは、小ぶりではあったが……。

アンドロイドの店員に品番号を伝え、腕時計から標識カードを抜き出しアンドロイドに渡す。アンドロイドはそれを機械に通し、ガラスケースから取り出したネックレスを俺に渡した。

そうやって俺がイシのネックレスを買った後、陽斗を待たせていた場所に戻ると、そこに陽斗はいなかった。

「陽斗?」

辺りを見回しても、どこにもいない。トイレにでも行ったのだろうか?

俺が立ち尽くしていると、目の前を何か考え事をしているような表情を見せながら、陽斗が帰ってきた。

「あっ、わるい……買い終わったのか――。」

「とっくだよ。」

光の加減か? 陽斗の顔色は少し青ざめているように見えた。

「どうかした?」

「いや、金がないのを忘れてた。プレゼントは、今度にしてもらっていいか?」

「ケーキ?かまわないけど……。なんか顔色悪くない?大丈夫?」

「平気――……出ないか?」

買い物を済ませて家路に付く頃には、空が暗くなりかけていた。

外からは、中を見ることのできない硬膜――フィールドのガラス――は、その薄さにもかかわらず、何をもってしても壊す事ができない。

そのフィールドのガラスを通してみる落ちかけた太陽は、消え行く前の、最後のあがきのように、空を美しい茜色に変えている。

俺達の住むこのフィールド内では、夜になっても、冷えたりせず、快適な温度が保たれている。熱さも寒さも感じさせず、年がら年中晴れている。……晴れているっていうのは、語弊があるのかもしれない。フィールドの上空では、雨が降ったり雪が降ったりするのだから。でも雨は、俺たちを決して濡らしはしない。ただフィールドのガラスを叩き付けるだけ。

俺達人間を保護するために作られたフィールドは、外的から俺達を守る代わりに、俺達と外界との間を、完全に隔離してしまっている。

「水羅、悪いけど、ちょっと寄りたいとこあんだ。」

きつく閉じられた口元が、告げる。ふと見ると、目元もいつもに増して吊り上っている。どうかしたのだろうか?

陽斗の示した方角は、普段通らない道だった。

喫茶店の裏道。

人気のない公園を抜けていくと、そこは神社で、フィールド内では珍しく、大木が俺たちの周りを囲んでいた。

――こんな所に何の用事だろう?

電灯の灯すほの明るい灯火しかない暗がりの中、俺たちが砂を踏む……ジャリジャリ、と言う音だけが響く。その敷き詰められた砂のため、少しばかり歩きにくい。

不意に、陽斗が立ち止まって、呟いた。いつもとは違う、陰にこもった暗い声。

「ここでいいか」

同時に鞄から出したナイフで俺に切り付けた!

頬からツウッと血が垂れる。しかし、それを拭う暇なく次の刃が繰り出される。

「何をっ……!!」

驚いた――陽斗が、何故!?

授業の時見せていた剣の扱い方ではない。何年も訓練され続けた者だけが持つ、俊敏な動き。

考えている暇なんて、ない。

咄嗟に鞄を投げつけ、その間に、内ポケットに忍ばせておいた護身用ナイフを、抜き出す。

キンッ――!

金属のぶつかり合う音が、境内を響き渡る。

同じ学年で、俺より優れたやつはいなかった。――そう、思っていた。でも、負けている…確実に。

身体に無数の傷が付く。

砂を蹴り上げ、相手がひるんだ隙に呪文を唱える。

今では使われることのない、古代語。

初めて精霊を召喚するときは呪文陣を書かなくてはいけないのだが、そんな暇ない。陣を書かずに呼び出せるのか自信はなかったが、躊躇している時間はなかった。

[我、水羅が命ずる。風の精よ、相手の動きを止めろ。]

変化なし。かまわず陽斗の攻撃がたたみかけてくる。

[我が願いかなえよ、我の名は水羅。風の精よ、相手の動きを――。]

カンッ。

剣がはじかれた。表情を変えず、陽斗のナイフが振り下ろされる。――もう、駄目だ!

――コンナ所デ、死ンデタマルカ!――

かわした腕から、血が滴る。

心臓が熱くなる。

血が滾る。

ドクン、ドクン。

……自分が自分でなくなっていく、感覚。

――コンナ所デ殺サレハシナイ!!俺ヲ解放シロ!――

俺の中で、何かが叫ぶ。

俺とは別の……違う意識!

――オレヲ……――

「逃げないのか?」

陽斗が俺を見下ろしながら呟いた。

喉元にナイフが突きつけられている。

俺を殺そうとしていた男の声だった。ずっと親友だと信じていた男の、……しかし、俺を正気に戻らせたのも、俺を裏切ったそいつの声だった。

「陽斗、何故……? ずっと、俺を騙していたのか!?」

陽斗は答えない。口をつぐんだまま俺を見ている。

長い瞬きを一回、した。

俺を殺すのをためらっているのだろうか?

[風の精!! 出て来いったら! 陽斗の剣を奪え!!]

どうせ駄目なことは分かっていた。でも、叫ばずにはいられなかった。

――しかし、突然空気が揺れた。

[オーケェー。]

声とも呼べないような声が、返事をした。

途端に陽斗のナイフが宙を舞う。

成功した!!

授業で理術を習っていない陽斗は、精霊の存在を理解していない。

それもそうだ。俺でさえ、初めて精霊を見た時は信じられなかった。ぼんやりとした、光と言うか色というか、圧縮した空気としか言えない様なものの他には何も見えず、力と声だけがするのだから。

[陽斗の動きを封じろ。]

取り合えず今の内に形勢を変えておかないと、いつ殺られるか分からなかった。

しかし俺の焦る気持ちとは裏腹に、のんびりとした声が俺に答えた。

[さっきからぁ、そおいうあいまいな命ばっかぁ、もおちょっと、きちんと命くだしてよねぇ。]

風の精はぶつぶつと文句を言ってはいたが、とにかく風が陽斗の身体に巻き付くように吹き、陽斗はその場を動けずに立ち尽くす形となった。

陽斗はしばらく風から逃れようと抵抗していたが、無駄だと分かると、諦めたように瞳を閉じた。

[ご主人、様ぁ、これからどおすんのぉ?どっか放り投げるぅ?]

とろとろした風の精の喋り声を聞いている内に、俺の戦意はすっかり消失してしまっていた――。

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