言いたくて(小説)(2017/‎5‎/‎11‎作成作品)(期間限定投稿)(by.来樹杏果)

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 声が出なかった。
 一階のトイレに立った私は、階段を降りてリビングの前を通るとき、ドアから漏れる声を聞いて、心が壊れそうだった。
 小学校一年生の冬のことだった。パパとママのケンカ。 聞いてはいけない、言葉。 聞いてはいけなかった、パパの声。それでも耳にした言葉は消えなくて……自分の言葉すらも奪っていった。
「毎日、働いて働いて、それで何になるって言うんだ? 全部悠香の入院費用になって消えていく。馬鹿げていると思わないか? どうせ長く生きられやしないさ。オレは、たかが子供のために自分の人生を無駄になんかしたくないんだ」
「あなたは自分の子供が可愛いくないの?」
「オマエだって、そう思っているんだろ?」
「悠香は、心臓が悪いのよ。私達が面倒見るのは義務だわ」  
「子供なら、親に迷惑かけないで欲しいね」
「悠香に聞こえるわ、声を落としてよ」   
「聞こえたって構わないさ、それで大きな発作でも起こしてそのまま」
 ママ。
「ママ。泣かないで。ママ」
 パパが大きな荷物を持って家を出て行った日の夜、あのリビングの前で声を殺して泣いた日から、半年ほどたった休日の朝。
 広いダイニングテーブルに肘を乗せ頭を抱えこんで、ママは丸い背中で椅子に座り込んでいた。床に空になったビールの空き缶が転がっていて。
「あんたに何が分かるの? あの人はあんただけじゃなく、私も捨てたのよ!! あんたに何が分かるって言うのよ!」
「でも、ママ」
「一人にしてちょうだい!」
「ママ」   
「一人にして!」
「私はママが好き。パパもきっと」
「出ていけと言っているのが分からないの!?」
「マ……」

 

 第1章 有元悠香(ありもとゆうか)

 日曜日は、以前の私にとって楽しみな日だった。 その日は、パパも休みの日だったから――。
 一緒に出掛けるようなことはあまりなかったけれど、私にとってパパは、自慢のパパだった。年よりも若く見え、イケメンで、ラジオ番組のキャスターをしていて、いつも夜中に帰ってくるので、私と顔を合わせることはほとんどなかった。たまに家にいるときは、ボリュームを落とした音楽を静かに聴きながら読書をしていた。パパの部屋には三個も本棚があり、びっしりと隙間を空けずに本が立ち並んでいた。でも、今それらの本はすべて捨てられてしまった。火の粉が空中で拍手のような音を立て、空に消えていった煙。投げ込まれた本はみるみる内に灰になり、煙が目にしみて、私は目に涙を溜めた。

 

 図書館の帰り道に、私は有元悠香(ありもとゆか)と書かれた図書カードをポケットにしまった。
 少し借り過ぎちゃった。
 心臓の動きが激しくなっているのを感じて、歩く速度を遅くした。
 借りた本で重くなったカバンを、右手から左手に持ち替え、私はぼんやりとパパのいた二年前のことを考えながら歩いてた。たった二年前。でも、二度と戻らない時間。
 ふわり。 私の目の前を、桜の花びらが舞い落ちた。
 あれ?
 立ち止まり、周りを見渡す。 そこには雪化粧を施した桜並木が広がってた。 前にパパと来た道とは違う気がして、 どうしようかと悩んだが、いったん図書館まで戻ることにした。
 しかし、なんて綺麗なんだろう。
 私は青空の下輝く桜を見つめながら、ゆっくりと歩く。 さくさくと、歩くたびに足元の雪が心地よい音を立てた。そんな音も私は好き。真っすぐに歩いてくと、前方に青いものが見えた。 近付くにつれて、それははっきりとした形を見せた。 小さな椅子。 そしてその椅子より少し大きい絵が、描きかけのまま立てかけてあって、 近寄ると、少し変な匂いがした。 絵の上に落ちた桜の花びらをつまむと、その花びらにも私の指にも、青い絵の具がついた。
 空の青。
 それはとても丁寧に描かれている絵だった。 木の根元に座っている男の子と女の子の洋服の柄まで描き込まれていた。 そして何よりも色が綺麗。青空の中に桜の花びらが舞っていて、茶色い道には木の影があって、それが桜の木なんだって見るだけで分かった。
「……みっくん。……よ」
 後ろから笑い声がして、 私と同じ位の年の小学生が三人、その絵のある方向に向かってきた。私はまだその絵を見てたかったのだけども、結局その場を離れた。

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